「小太郎は女の子なんだよ!そんなに危ないことばっかりしてちゃ、駄目!!」
「うるせえ!俺はオンナノコじゃねえ!・・・・メスだ!」



 ~ Your sight, my delight ~



今日も今日とて、健太郎がうるさい。最近のこいつは、何かっつーと「小太郎は女の子なんだから」「そんな喋り方しちゃダメだよ」「お行儀よく座って!」とか、俺に文句ばっかり言ってくる。
この喋り方の何が悪いんだよ。それに俺は犬なんだよ。犬は「オンナノコ」じゃねえんだよ。「メス」っていうんだよ。

そんなことも知らない馬鹿犬の健太郎は、この家に貰われてきた時にはまだ赤ん坊で、ちっちゃくて真っ白な毛がふわふわで、ものすごく可愛い奴だった。
小次郎が拾ってきたんだ。最近はこの家にいない健と、どこかにずっと出かけているらしい、俺の元の飼い主。
俺が住んでいるのはママさんやパパさんの家だけど、俺を拾ってここに連れてきてくれたのは小次郎だ。だから俺はこの家の人間も大好きだけど、小次郎のことも大好きだ。

「小太郎。ママさんからボール貰った。一緒に遊ぼう」

健太郎がボールを転がしながら寄ってくる。
俺はどちらかというと、こんな玩具で大人しく遊ぶよりも、裏山に行って探検したり、その先の知らない場所まで足を延ばしてみたりしたいんだけれど、コイツは違う。まだガキだから、俺も遠出するにはコイツを連れていったりしない。
そもそも勝手に裏山の向こうの町まで遠出していることがバレたら、ママさんたちに怒られるしな。だからいつも一人で出かけるんだ。

「ねえ、遊ぼうったら、遊ぼう」
「・・・チッ。仕方がねえな。お前はまだガキだもんな」
「もう子供じゃないよ!それに舌打ちなんかしないの!女の子でしょ!」
「だから、オンナノコじゃねえっつってんだよ!」

駄目だ。何度言ってもコイツには分からないらしい。
何だよ。オンナノコって。人間なら分かるよ。ヒラヒラした可愛い服を着て、いい匂いさせて優しく俺たちのことを撫でていくのが女の子。
だけど俺は犬なんだ。オンナノコじゃない。その証拠に、葉っぱをつけて帰ってきたって、どんな恰好で寝てたって、ママさんは俺のことを叱ったりしない。「こたちゃんは元気ねえ」とおかしそうに笑うだけだ。だけど姉ちゃんがちょっと縁側で寝ころんだだけで、ママさんは文句を言う。「女の子なんだから、そんなところでゴロゴロしないの!」って。

健太郎はどうやらママさんの言葉を覚えてしまったらしい。

そのママさんと姉ちゃんは今日は用事もないらしく、俺たちがボールを追って遊んでいるのを縁側に座ってのんびり眺めている。

「今日もこたちゃんと健ちゃんは仲がいいわねえ」
「っていうか、健太郎が小太郎につきまとい過ぎなのよ。あれじゃストーカーよ。押しても駄目なら引いてみろ、って知らないのよ。さすが健から名前を貰った犬だわ」

姉ちゃんの言うことは分からない部分もあるけれど、健太郎が俺にくっつき過ぎだって言っているらしいことは分かる。姉ちゃんこそさすがだ。一方ママさんは・・・。
ママさんはとってもいい人だしゴハンをくれるから大好きだけど、あんまり俺の気持ちを分かってくれない。俺がこの状況を楽しんでいると思っている。

確かに健太郎は可愛いことは可愛い。構って構ってと寄ってこられたら遊んでやりたいとも思うし、好き好きと言われれば、悪い気はしない。
だけど、あんまりコイツがひっついてくるから、時たまうざったくなるのだ。

今もそうだ。転がるボールを追いかけて、先に銜えたのは俺の方だった。健太郎がその俺の上に乗っかってくる。
こいつは無邪気に俺にじゃれかかってるだけなのだろうけれど、正直困る。

「・・・おい、重い。下りろ」
「重くないもん。俺、まだ小太郎より小さいもん」

そういう問題じゃねえんだよ!

「それに小太郎、なんだかいい匂いがする。・・・いつもの匂いと違う。俺、この匂い好き。ずっと嗅いでいたい」

そう言って、健太郎はふんふんと鼻をうごめかす。俺の首の後ろや背中に鼻面を押しつけてきて、それから徐々に下がって尻のあたりまで。嫌だ、と思う。

「イタイッ!」
「うるせえ!離れろって言ってんだろッ!」
「何も蹴らなくたっていいじゃん!小太郎のバカッ!」
「痛い目に会わなきゃ、分かんねえんだろうが!お前はっ!」

こうなって初めてすごすごと引き下がり、ちょっと離れたところに寝そべって俺の方をジトっと見る。恨みがましい目で見やがって、この野郎。誰に育てて貰ったと思ってんだ。

そうだ。健太郎は俺が育てた。小さくて弱くて、お腹にまだ毛も生えていなかった健太郎を、俺が育ててきたんだ。
そりゃあ俺に母乳が出る訳じゃなかったから、エサだけはママさんから貰ったけど。
だけど、ご飯の後に顔をキレイにすることとか、叱られないトイレの仕方とか、どうやったらママさんたちに上手におねだりできるかとか、そういうのは全部俺が教えた。母犬に育てて貰えなかった健太郎にとっては、俺はいわば母親代わりの筈だ。だからといって別に感謝しろとは言わないけれど、恩も忘れて俺の行儀や素行を云々するのはどうかと思う。

「お前、しばらく俺に近寄んなよ。来たら今度は噛むからな」
「・・・・」

こいつも結構気が強くて、俺がクソミソに罵ったところで普段は堪える様子もないのだけれど。さすがに「近寄るな」は効いてるらしい。しっぽが下がって、耳がへちょん、と寝てしまった。イヤダ、カナシイ、ソンナコトイワナイデ。
そう言いたそうにしているのが分かる。

俺はそれに気が付かないフリをして、そっぽを向いた。
健太郎なんか知らない。どうでもいい。俺に関係ない。        この時期は、そう思わなくちゃいけないのだ。






健太郎がこの家に来るちょっと前に、俺はオトナの犬になった。どうやら、することをしてしまえば、母犬になることができるらしい。
その時期、身体が急に熱くなって、ものすごく心臓がドキドキして、いてもたってもいられなくなった。俺は初めて経験する自分の身体の変化にびっくりした。どうにかしてそれを鎮めたかったし、このままじゃおかしくなっちまう、って思った。
どうすればいいかは、本能的に分かっていた。だけどそのためには、外に出て行かなければならなかった。なのにいつもは裏山までなら自由に出してくれる筈のママさんが、その時は何故か俺をこの犬小屋がある方の庭に閉じ込めた。家の裏にある庭にさえも行かせてくれなかった。
そりゃあこっちの庭だけでも結構広いから、運動不足にはならなかったけれど。でも俺は出たくて出たくて堪らなかった。垣根の向こうには、どこかからやってきたのか雄犬の気配もしたし、そいつは俺のことをずっと呼んでいた。

ママさんに「出して出して!」っておねだりしても、ママさんは「もう少し我慢してね」というだけで、俺を自由にしてくれない。やがて俺のドキドキが落ち着いた頃、ようやくママさんが「よく我慢したね、こたちゃん。もう外に出て遊んでもいいよ」と言ってくれた。何かが終わったらしいのだと、俺はその時になって初めて気が付いた。


それから少しして、健太郎がやってきた。白いふわふわの毛の、小さな赤ん坊。俺は一目で好きになった。もちろん、俺が庇護する対象として。

なのに、どういうことだろう。
最近、俺は健太郎が近づいてくると苛々する。
乗っかられたり匂いを嗅がれたりしたら、それだけで蹴り倒したくなる。あっちに行けよ!って。

そうやって俺に追い払われて、しばらくはシュンとしているくせに、結局は健太郎はまたやってくるんだ。
いつものように、「小太郎、遊ぼうよ!」って言って。












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